ブドウの品種から見る希少性
地図の上でナパ・ヴァレーを探してみると、思いのほか小さなエリアであることに驚きます。
南北に約50キロ、東西に約8キロ。ワイン産地としてはかなり小規模ながら、その土壌と地形はじつにバラエティに富んでいて、様々な品種のブドウ栽培を叶えています。
しかしながら一方で、その規模ゆえにブドウやワインの生産量が限定される一面があることも否めません。
一長一短とも思えるこうした背景が、ナパのワインにもたらしていることがあります。
それは「多様」な品種のブドウが栽培されているからこそ実現できた豊富なワインのラインナップと、限定的な生産量が生む「希少」という価値観。
ワイン造りの幹となるブドウを切り口に見ていくと、ユニークな自然環境がナパのワインに与えたプラスαの値打ちが見えてきます。
ナパワインの生産量は極わずか
アメリカでワイン造りが行われている州はどの位あるのでしょうか?
じつは全ての州でワインは生産されています。
ただ、その生産量については、全体の大部分を4つの州で占める形になっています。
- オレゴン州
- ワシントン州
- ニューヨーク州
- カリフォルニア州
とりわけナパ・ヴァレーの位置するカリフォルニア州は、全米ワイン生産量の81%に及ぶ占有率を誇るアメリカ随一のワイン生産地です。
そんなカリフォルニアワインの中で、ナパ・ヴァレーというブランドを持つワインはごくわずか。ワイン用ブドウの収穫量ではカリフォルニア全体の4%にしか過ぎず、ワイン生産量においては世界全体の0.4%しかありません。
こうして改めて数字を見ていくと、ナパ・ヴァレー産のワインがいかに希少であるかが数字から読み取ることができます。
[ラークミードの自社畑]
ブドウの作付け面積が最小規模のワイン産地、ナパ
ワインの名産地として高い評価を受けるナパですが、生産地としての規模は最小の部類に入ります。
カリフォルニアとして世界4位の産出国ではありますが、ナパだけに絞ってみると、作付け面積(または栽培面積)は44,210エーカー(17,891ha)でフランスのワイン一大産地であるボルドーの1/6しかありません。
ナパ・ヴァレーではこの通り、世界的な銘醸ワインの産地としては異例ともいえる小さな規模でブドウ栽培が行われています。
生産量が少ない中で、さらに品質の高いブドウのみを厳選し、それを熟練の醸造家が丁寧にワインへと仕上げていく。ナパワインが高い評価を得ているのは、そうしたワイン造りの姿勢にも所以があると思われます。
ブドウの品種と割合
ブドウ品種の数
1万種を超えるブドウ品種の中で、商業ワイン用に使われる品種は約500種。さらに、その中で主だったものとなると40種類ほどに絞られるでしょうか。
ごく小さなエリアにもかかわらず、多様なマイクロクライメット(局地的な気候の事)に恵まれているナパは、多くの品種のブドウ栽培が行われています。その数は何と40種類以上に上るのだとか。
”ナパ・ヴァレーではA(アルバリーニョ)からZ(ジンファンデル)まで、どんな品種も栽培することができる”と言われる程、冷涼な気候が適したものから温暖な環境を好むものまで、あらゆるタイプのブドウ品種が育てられています。
一つの産地でこれほど多様なブドウ品種をカバーしているのは、ナパ・ヴァレーの他には殆どないでしょう。ナパは世界でも類を見ないワイン産地なのです。
各品種の作付面積の割合
ナパのブドウの作付け面積は78%が赤ワイン用ブドウで、22%が白ワイン用ブドウの畑です。赤ワイン用ブドウはカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロ、ピノ・ノワールなどが栽培され、白ワイン用ブドウではシャルドネやソーヴィニヨン・ブランなどの品種が並びます。
作付け面積のヒエラルキーは赤ワイン用ブドウが圧倒的な優勢。とりわけカベルネ・ソーヴィニヨンの畑は全体の49%を占めており、群を抜いています。
思えば、あの「パリスの審判」で格付け一級シャトーのフランスワインに勝利したのはナパのカベルネ・ソーヴィニヨンでした。作付け面積の割合からも、カベルネ・ソーヴィニヨンがナパ・ワインの主格であることが伺えます。
ナパ郡の栽培総面積に対する割合
[出典:2020年USDA NASS Grape Acreage Report]
主要品種以外の品種の割合
- カベルネ・フラン 3%
- プティ・シラー 2%
- プティ・ヴェルド 2%
- シラー/シラーズ 1%
- マルベック 1%
- ピノ・グリ 0.2%
ブドウの品種から見るナパワイン
カリフォルニアワインの代名詞ジンファンデルはたったの3%
ナパ・ヴァレーでワイン造りが始まった当初、ジンファンデルは栽培品種の中心でした。
今やジンファンデルといえばカリフォルニアワインの代名詞のような存在ですが、ナパ・ヴァレーの作付面積における割合はわずか3%。その比重は、カリフォルニアワインの代表というイメージからは想像しがたい少なさで、ジンファンデルから造られるワインがいかに貴重なものかを示しています。
また、ナパはかつてフィロキセラという害虫被害を受けてブドウ畑の大半が消滅したことがありましたが、いくつかのジンファンデルの畑はその被害を免れて生き残り、今に続いています。樹齢100年を超える古木から造られるワインは、スパイスの香りが高く、濃厚で強いアルコール度数を感じさせる逸品として愛好家を魅了しています。
[ロバート・クレイグ・ワイナリーのジンファンデル(Instagramより)]
ソーヴィニヨン・ブランはシャルドネより希少かも?
高級なイメージが強く、”白ワイン品種の女王”と言われるシャルドネ。
おそらく白ワイン用ブドウの中で、最も人気の高い品種でしょう。ナパでは総作付面積の13%にあたる畑がシャルドネを栽培しています。
一方、同じく白ワイン用ブドウの品種であるソーヴィニヨン・ブラン。こちらも世界で広く栽培されている品種で、名前を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか?
ナパ・ヴァレーでは気候の冷涼なワイルド・ホース・ヴァレーや、朝晩の気温差が大きいヨーントヴィル、カリストガといったAVAで植えられています。
こちらの作付け面積は全体の6%。シャルドネの約半分です。
数字から考えるとソーヴィニヨン・ブランもジンファンデル同様、希少価値が高いといった見方ができるかもしれません。
[S.R.トネラ・セラーズのソーヴィニヨン・ブラン(Instagramより)]
良質なピノは今買っておくべき?
皮が薄く、栽培の難易度が高いピノ・ノワールは、冷涼な気候でしか作ることのできない品種と言われています。そのため多様な気候環境を有するナパ・ヴァレーでも、生育地が限られます。
AVAの中では、ロス・カーネロス、ワイルド・ホース・ヴァレー、オーク・ノール・ディストリクト・オブ・ナパ・ヴァレーの3か所で主に栽培されています。
前者2つのピノ・ノワールは熟した丸みのある果実味を持ち、3つ目は非常にフルーティでチャーミング。それぞれ個性の違いはありますが、どのAVAも取り扱いの難しいピノ・ノワールの魅力を開花させたワインを作り上げています。
しかし近年、環境の変化からカリフォルニアでも山火事が起こったり、温暖化の影響でピノ・ノワールの栽培が難しくなってきていると言います。
そうした現状を踏まえると、将来的に入手が難しくなることも予想され、今生産されているピノ・ノワールは大変貴重なものとなるかもしれません。
もしピノ・ノワールのワインに出会う機会があったら、ぜひ今のうちにお手に取ってみてはいかがでしょう。
[ロバート・シンスキー・ヴィンヤーズのピノ・ノワール(Instagramより)]
編集後記
ごく小さなエリアの中に、いくつもの気候群と土壌や地形が混在するナパ・ヴァレーは、銘醸ワイン産地としてじつに希有で、異彩を放つ存在と言えるでしょう。
ナパでは特有の地理環境を活かして、多種類のブドウ品種から様々なスタイルと味わいを持つワインを造っています。そして、その殆どが少量生産であり、ごく限られた数しかご提供できない希少なワインです。
レアでありながら多彩なラインナップ。そんなナパワインの中から自分好みの銘柄に出会うことができたら、それは至福の喜び。味わいもまた一層、格別なものになるのではないでしょうか?